沖縄ボクシングの名伯楽金城眞吉監督死去

興南高校、沖縄尚学高校ボクシング部監督である

金城眞吉監督

が11/16日、奥さんのいる天国に旅立ちました。

興南高校、沖縄尚学高校で40人以上の全国チャンピオンを輩出し、アメリカでボクシングの殿堂入りを果たした

日本ボクシング界のレジェンド、具志堅用高さんを育てた事でもとても有名な監督でした。


僕は沖縄尚学ボクシング部の5期生として入学させてもらいましたが、金城監督はとにかく礼儀作法にうるさい方で、どんなにボクシングが強かろうが挨拶ができない人間は挨拶から徹底的に教え込むという、人間形成がモットーの方でした。

僕が金城監督のいる沖縄尚学ボクシング部に入部を決めた一言は今でも心に深く、そして鮮明に刻み込まれています。

当時中学三年生で高校に行く気もなく、毎日夜中まで遊んで朝方帰ってきて、昼過ぎまで寝て夕方からまた遊びに出かけるようなだらだらと過ごしていた時に父親に誘われて金城監督と会うことになったんです。

 

 

自分を変える

嫌なことやきつい事から逃げてばかりいた僕は、金城監督のボクシング部がとても厳しい環境である事は分かっていました。

 

ボクシング部に入る気はそれほどなかったんですが、当時の生活も抜け出さなきゃなとは心の片隅で思っていた時期でした。

 

金城監督は中学生の僕にも真剣にぶつかってきてくれているのがはっきりと伝わってきました。少しづつボクシングをやってみようかなと思っている時に金城監督は僕の父にむかってこう言いました。

 

『お父さん、僕はこの子をチャンピオンにする指導はできますけど、この子がね、チャンピオンになるかどうかはこの子の頑張り次第ですよ。ただね、僕にこの子を3年間預けてくれたら、社会に出た時にどこに行っても恥ずかしくない男に育ててお返ししますよ』

 

と言ってくれたんです。大の大人がですよ。こんな中学生の子供相手にここまで本気でぶつかってきてくれる大人がどこにいますか?しかも他人の子に。

 

その一言を言われて、

今の自分を変えるにはこの人に頼るしかないと子供ながらに思ったのを今でもはっきりと覚えています。


 

高校に入学してやはり最初に挨拶を徹底的に教え込まれました。今までは親にもそこまでの挨拶は教えられた事がなかったので最初は戸惑いましたが、2年生になる頃には体に染み込まれて自然に挨拶ができるようになっていました。

 

今では挨拶がとても大事な事なんだなとつくづく思います。

『礼に始まり礼に終わる』よく言われました。

 

金城監督の言葉で有名な言葉があります。

 

人に勝つ前に自分に勝て

 

練習に泣いて試合で笑え

 

ジムにこの二つの文言が貼られていたので、この言葉を見ながら毎日練習に励んでいました。

 

僕は先輩方のようにチャンピオンになれなかったし大した成績も残せませんでした。

 

それでもこんなに偉大な監督に出会えて、指導してもらって、こんなに素晴らしい先輩方、同期、そして後輩達に出会えた事は何よりも僕の財産です。

 

自分の子供にも人生の中で一人でいいからこんな熱い人に出会って欲しいなと思います。

 

金城監督、天国で奥さんと会えましたか?7年ぶりに奥さんと再会できてゆっくりしてますか?

 

僕たち金城一門は監督さんの教えを胸にこれからも頑張っていきます!

 

本当にありがとうございました。長い間本当にお疲れ様でした。

 

また監督さんの家でみんなで集まってわいわい飲みましょう!そん時は奥さんも一緒に飲みましょうね。


 

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